241 市内唯一の赤レンガ大型工場――足利織物-明治紡織-トチセン
1913年(大正2年)足利で最初にできた大型の機械工場で、輸出用の綿織物を生産した。富岡製糸場の関連で絹繊維遺産を紹介するという点ではここは異色だが、絹から始まった繊維工場が綿、合成繊維へと広がっていく遺産という点では見逃すことができない重要な工場である。
東武線福居駅前にあるこの工場は輸出の全盛期の大正時代に大量生産を目的に造られた近代的な工場で、レンガ瓦造りの工場としては、野州山辺駅前にあった旧足利紡績工場が解体されてしまった現在、市内では唯一のものになってしまった。
いま㈱トチセン(栃木整染)として知られるここは、足利織物として設立された工場跡である。その後、1919(大正8)年に明治紡織となり、長い間「明紡」として市民にも親しまれてきた会社である。現在も繊維関連の業務を継続する。
工場敷地内には3つの建物が残されていて、どれも戦時中に空襲よけに施された迷彩模様がそのまま残されている。
いすれの工場も平屋建てとしては高さがあるが、レンガは東京駅と同じ埼玉県深谷市上敷免の日本煉瓦製造株式会社で作られたものだ。これが長手と小口を一段ずつ交互に並べたイギリス積みにされている。
赤レンガの工場としては、サラン工場、捺染工場、汽罐室(ボイラー室)が残され、登録有形文化財に指定されている。電車から見えるのが外壁に迷彩が施されたままのレンガ造りサラン工場。屋根が少し出ているのが面白い。
この工場の東端に建ち、側溝を隔てて道路との間の壁のようになっている。南北に長く、切り妻の洋瓦葺き。窓枠は石材で作られている。
この建物は外から見ると、窓が上下2列あって2階建てのように見えるが、上の窓は明り取りで、中は大きな空間の平屋建てである。
■特徴ある四角い開口部
正門を入ると正面に6連のノコギリ屋根の捺染工場が見える。
ノコギリ屋根の破風にある軒蛇腹や外壁側に突き出した付柱、さらには出入口が四角くて大きい。
窓も含めた開口部は、上部を横に大きな石がのって、これが屋根に続く上部を支えている。開口部のこのような外観や意匠は国内ではあまり例を見ない。古代建築でよくみられる「まぐさ石」と呼ばれる構造になっている。
富岡製糸場の大きな繭倉庫の開口部の上部はアーチ状になっていて、両側から積まれた石が上部で交わり、上からの重量を左右に分散する形式になっているが、ここではそれがない。
もともとは、大きな設備を出し入れするために開口部を大きくとりたいという所から採用されたデザインだろう。意図したかどうかは不明だが、狙いを考えたら奇しくも古代建築で使われた構造を採用することになったということだろう。
こうすることで、開口部の高さも制限できている、合理的な選択である。
■ベルトかけ旋盤が動く機械室
現在は倉庫として使われている。ノコギリ屋根の採光窓は北向きで、天井は洋風の小屋組トラス構造である。
捺染工場の西側端に、機械室があり、ベルトかけの旋盤などが、稼働する状態で保存されている。スイッチを入れると機械が動く。この状態で、保存されていることに感動する。
ボイラー室はこの後ろにある。
切り妻のスレート葺き。内部は3室に分けられて、3基のボイラーが置かれている。
これまで使われてきた横置き多管式ボイラーなど歴代のボイラーが3代にわたって残されている。
中央にあるのが、中心を抜く炉に石炭をくべて燃やし、蒸気を作り出すランカシャボイラー。昭和16年に設置され、長く使われた。足利地区の紡織工場・撚糸工場でも多く使われていたという。
外壁のレンガのそのまま残る戦時中の迷彩、動態で保存されている機械室のベルトかけ旋盤、古いボイラーが3基、これらがそのまま置かれていたりするところに、保存する工場の意図がしっかりと読み取れる。
いずれも、保存するという意識で置かれているもので、突然うかがって「見せていただけますか?」とお願いしたら、工場の総務部門に案内されて、担当者の方が、仕事中にもかかわらずしっかりとご案内くださった。
そのていねいな説明、お願いする前にしっかり機械を動かしてくれえる姿勢に、仕事中に貴重なお時間を使わせて申し訳ないという思い以上に、この会社の「貴重な遺産を後世につなぎたい」、という思いが日ひしひしと伝わってくる応対に感激した。
保存=そのまま置いておく、というのではなく、「どんな状態で保存するか」を明確にポリシーとして持っているという姿勢が素晴らしい。
営利を求める企業でありながら、そうした努力を長い間継続されていることに、頭が下がる思いがする。
捺染工場は6連のノコギリ屋根。外壁に突き出た柱のデザインがユニーク。安全を祈願して小さな祠が祭られている。
かつての捺染工場は、いまは倉庫として使われている。
天井を支える洋式の小屋組と採光部の天窓。
ベルト掛けで動く旋盤。今でもスイッチを入れると、ブーンと動く。動態で保存されているのはうれしい。
天井をベルトの動力を伝えるシャフトが走っているのがよく分かる。ほかにも、古い設備が残されていて、機械室の構造そのものもが貴重だ。
ランカシャボイラー。円筒形の胴内に2本の炉筒をもつもの。足利地区の紡織工場・撚糸工場などに使われていた。他にも、横置き多管式ボイラーなど2基が残されている。

梶文彦氏執筆による、コラム「ものづくり 日本の心」です。
梶氏は、長い期間にわたりものづくり企業の国内外でのコンサルティングに携わり、日本製造業を応援しています。
写真撮影:谷口弘幸