233 有鄰館と後藤織物
■現代に生きる庄家のたたずまい――有鄰館
天満宮の交差点に戻って、本町通りを下って行くと、左に煉瓦の建物と、土蔵、古い商店が見えてくる。
かつての豪商、矢野家の建物で、表に面して古い酒屋があり、裏に味噌などを醸造してきた土蔵、煉瓦蔵、塩蔵など8つの蔵がある。
表にある店舗はいまでも酒や乾物を扱い営業中だ。
お店は営業中だが、蔵や店内は公開されている。見せてください、と声をかければ、店員さんが気持ちよく応じてくれる。
これだけの施設を運営するのも維持・管理の手間が大変だろうと想像するが、こうした施設が残されていくには、経営者の思いが欠かせない。
その意味で、転院への教育も含めて、とても気持ちよく運営されていることに感謝しながら拝見させていただくことにしよう。
店舗内の一部は、喫茶コーナーにもなっているので、お店の様子を眺め、話を聞きながらの一休みもおすすめ。
お店は、近江商人だった初代が1749(寛延2)年にここに店舗を構えて以来の建物群で、煉瓦造りや木造、土蔵など1890(明治23)年以前に建てられたものもある。煉瓦蔵は桐生市内でも最大規模の煉瓦造りの建築物であり、ぜひ中に入ってみておきたい。
店の内部は思ったより天井が高くて広い。
店内には、別の部屋にも資材が置かれていて、プライベートスペースなのだが、これもお願いすれば見せていただける。
明治時代の看板や商品のエンブレムなどのほかに、かつて店舗で使用していたのだろう、東京・馬喰町、竹内製造「改造第四号」と書かれた珍しい金庫も置かれている。
せっかくだからご厚意に甘えて、こうしたものを拝見させていただくといいが、あくまでも営業中なので、邪魔にならないように拝見させていただこう。
奥のビール蔵などは、コンサートや展示会など、各種の催しに活用されている。遺産を展示するだけでなく、活用するこうした試みもどんどん進むといいのではないか。
本町通りに面した矢野本店の店舗と土蔵、煉瓦のビール蔵。店舗では営業している。
レンガ倉庫のビール蔵。コンサートなどにも使われている。
竹内製造の金庫。明治28年製。
キーのダイヤルは数字ではなく、イロハニホヘト・・・なのがいかにも時代を感じさせる。
矢野義商店謹製の最上醤油「有隣」。かつてここで醸造し販売していたものであろう。
■戦前戦後の工場の姿をとどめる――(資)後藤織物
戦後、切妻造の工場に、新たに木造4連のノコギリ屋根工場を増築した。他にも、明治前期、大正14年、昭和の戦前、戦後に建てられた多くの建物が現在も使われている。天井が高く、北向き屋根にある天窓から柔らかい光が差し込み、染色にはうってつけ。撚糸・製織も手掛けて、桐生における機業の戦後復興を物語る貴重な施設の一つである。
創業は1870 (明治3) 年、紋織物の老舗で、いち早く洋式染色技術の導入をはかった。いまでも「七五三帯」を中心に丸帯や袋帯を生産している。
別に、大正14年に住居から事務所兼作業場へ転換するために増築された主屋もあり、奥座敷は接客用に使われた。ほかに、木造二階建の東蔵と西倉、木造平屋建の旧釜場などもそのまま残されている。平屋建ての倉庫は絹糸の保管庫、物置の南半分は食料庫、北半分は薪炭置き場として利用されてきた。表門とその両側の板塀が独特の景観を生んでいる。建造物は、桐生織物の歩みを示す、歴史的にも貴重な建造物群である。
木造4連のノコギリ屋根がついている。
道路から少し入ったところにあり、少し入ると、表門がみえる。雰囲気のある門だ。

梶文彦氏執筆による、コラム「ものづくり 日本の心」です。
梶氏は、長い期間にわたりものづくり企業の国内外でのコンサルティングに携わり、日本製造業を応援しています。
写真撮影:谷口弘幸