ものづくり 日本の心

これからの日本のものづくりを見据えるために、過去の出来事やその成り立ちに関する情報を提供するコラム。
発想を変えたい時やちょっとした仕事の合間にご覧ください。

231 桐生市の産業遺産をたずねるには・・・

桐生の町を歩いていると、雰囲気のある建物が多いことに気付く。

桐生は、第二次大戦中に戦災に遭わなかったために、戦前の建物が多く残されていて、街の景観を落ち着いたものに演出しているのだ。

建築遺産も歩いて回れる一帯に多い。車で行かれた方も、ぜひ車を降りて街歩きをお勧めしたい。

古い商店がそのまま使われていたり、ちょっとした横道に戦前のままの工場や民家があったりする。

新興住宅地の画一性がないだけに、歩くたびに、「へえ」「ほう」「なるほど」「ふむふむ」の連続で、街歩き派には堪えられないにちがいない。

桐生町重要伝統的建築物群保存地域

桐生の町は、天正19(1591)年に、天満宮を起点として作られた桐生新町がベースだ。

町の中心を南北に向かって走るのが本町通り。北の突き当りに天満宮が座し、そこから南に、本町通りに沿って東側に細長く伸びるのが本町1丁目、西が本町2丁目。この天満宮と本町1丁目、2丁目に囲まれた全域が、天正19年に造られた桐生新町で、2012年に文科省が定める「桐生町重要伝統的建築物群保存地域」に指定された。

桐生の絹織物業は明治・大正・昭和の時代を通じて、日本の基幹産業として外貨獲得に大きく寄与してきた。この間に、多くのノコギリ屋根の機織工場が作られ、いまでも200棟を超える建物が残されている。ちなみに、地図で工場を表すアイコンはノコギリ屋根である。日本人の記憶にノコギリ屋根は深く刻まれている。

旧金谷レース工業(現・ベーカリー&カフェ「レンガ」)

天満宮の交差点を東の桐生川の方に行くと煉瓦づくりのノコギリ屋根工場が目に入ってくる。

金谷芳次郎が金芳織物工場として1919年(大正8年)に始めた工場だ。

かつて市内にたくさんあった煉瓦造り+ノコギリ屋根工場も多くが廃業し、解体されてしまい、いまではここ1軒になってしまった。工場は木造平屋建・鉄板葺・外壁は煉瓦積。

当初は、のこぎりの屋根が5連続く大きな工場だったが、2008(平成20年)に北側の1連を撤去し、残りの4連をベーカリー&カフェ「レンガ」として再生した。

通りに面して低くテラスが作られている。工場の外壁は、煉瓦の長手と小口を1段ごとに積んだイギリス積みだ。煉瓦は東京駅に使われているものと同じ、埼玉県深谷市の日本煉瓦製造株式会社製。

事務所棟は昭和初期に増築された。こちらの外壁はスクラッチタイル貼りである。鋸屋根工場と事務所がそれぞれ国の登録有形文化財に登録されている。

煉瓦造りとノコギリ屋根を中から眺められる数少ない場所だ。拝見しながらコーヒーで一休みするのも良い。セルフサービスなので使いやすく、広いカフェは落ち着く。営業時間は、平日8:00-18:00、土日祭7:00-18:00 年中無休。駐車場有。


東京駅と同じ煉瓦を使い、デザインも非常に似せて作った深谷駅。深谷は明治期の産業発展に力を尽くした渋沢栄一の出身地。


レンガ壁のベーカリー&カフェ。違和感なく景観にも溶け込んでいる。表に面して低いウォークイン・テラスが設けられていて、これがレンガ壁の雰囲気を盛り上げている。


4連のノコギリ屋根が見える。


事務所棟の内部。嵌められているガラスも細工が細かい。


ノコギリ屋根の構造が分かる。ノコギリ屋根は、英語で別名、north lightshed(北明かり屋根)。北向きの部分が天窓になっていて、終日、均一な明かりを取り込める。


店内の内装も、煉瓦がうまく生かされている。

梶文彦 写真

梶文彦氏執筆による、コラム「ものづくり 日本の心」です。

梶氏は、長い期間にわたりものづくり企業の国内外でのコンサルティングに携わり、日本製造業を応援しています。

写真撮影:谷口弘幸


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