ものづくり 日本の心

これからの日本のものづくりを見据えるために、過去の出来事やその成り立ちに関する情報を提供するコラム。
発想を変えたい時やちょっとした仕事の合間にご覧ください。

230 西の西陣、東の桐生

桐生の絹織物の評判については、こんなエピソードもある。

・この地の出身者である新田義貞が鎌倉幕府を倒した際に、旗揚げに桐生の織物旗を使用したことから、桐生の織物は縁起が良いとされた。

・さらに新田義貞の末裔と言われた徳川家康が関ヶ原の合戦に際して掲げた2410枚の旗は、桐生が一晩で作り上げて献上したもので、関ヶ原の戦いに家康軍が勝利したことから、以後、家康の覚えがめでたくなったという。

これらが実際にあった史実なのか、うわさに過ぎないのかはともかくとして、こうした話が作られ、流布するについては、それなりの土壌があったと想像できる。

そして、江戸時代に桐生の町は、徳川家の直轄領となり、以後、京の西陣から最新技術を導入して「西の西陣、東の桐生」と言われるようになってくる。

桐生の町で本格的に絹織物が作られるようになったのは、1738年に西陣の織物職人を招いて髙機を導入して以来という。

日本国内の工芸の歴史を紹介した明治11年発行の『工芸志料』(平凡社 東洋文庫254)にも、享保年間には、

「上野の日野・桐生・伊勢崎において、絹の産出することますます多しと記されており、元文3年(1738)年には、「京師の織工、上野の桐生に来たりて好絹を製するの法を伝え。時人これを紗綾絹(さやきぬ)という。爾後桐生の織工絹を製するを廃し、悉く皆紗綾絹を製す。是より後桐生の織業歳月に盛んなり」

とも記されている。さらに同書は、天保年間

「桐生の織工紗綾絹を織ることを廃す。世に行われざるを以っての故なり。是より先、桐生の織工一種の好絹を製す。是を里宇文絹(りうもんきぬ)という。甚だ美なり。京師、桐生及び諸国の工人業を伝えて今日に至る」

と桐生の織物について紹介している。

いかに、桐生の絹織物が注目されていたかということを示すものであろう。

このとき、職人とともに空引機を導入して西陣にも劣らない高級織物を織れるようになったことで、幕末期には桐生は西陣を上回る生産高を誇るようになり、周辺地域と大きな産地を形成するようになっていた。

さらに、1740年ころになると、不況になった西陣から縮緬技術を持った職人が桐生に流れてくるようになり、桐生が西陣に匹敵する高級織物を生産するようになったということも、桐生発展に大きな役割を果たしていたようだ。

独自の染色法や羽二重の開発

何よりも、桐生の職人たちが、次々と新しい技術を導入・改善し、西陣を目標に研鑽を重ねたことが、産地としての名声を獲得する原動力となった。

そうした技術が次第に周辺地域に伝播し、足利などの産地を生んでいった。

家康との故事は絵に画いたような成功譚だが、一夜で納品する「短納期」がカギだったとは、技術が発達しても、客の要求は変わっていないのかもしれない。

明治時代に入ると、伝統的な織物技術をベースに、科学的な染色法や羽二重を開発、力織機やジャガード織機を導入し、機械製織物の大工場である日本織物株式会社を生むなど、発展を遂げた。

特に羽二重は、縦糸を2本にした平織りの絹繊維で、薄くて軟らかく、しかも丈夫なために、ハンカチやストールへの加工に最適で、この開発によって輸出を大きく伸ばし、桐生の名を世に知らしめた。

このあたりの詳細については、後述する織物参考館「紫(ゆかり)」で貴重な資料を見ることができる。


羽二重の織りに使われた大きな織機。奥行きが10メートルもある(織物参考館「紫」)。

森秀織物(織物参考館“紫”(ゆかり))

本町通りを下って4丁目交差点を東に曲がり、中通りを過ぎると、右手に森秀織物株式会社が運営する「織物参考館”紫”」がある。

森秀織物株式会社は、現在も操業を続けている工場であるが、敷地内の一部を利用して、1981年に織物の歴史を学ぶ施設として織物参考館「紫」を設けている。

明治から昭和にかけて使用された、織機や道具等のなくなりつつある貴重な資料約1,200点を集めて、織物の技術と伝統を展示している。

特に明治15年頃に米国輸出用の羽二重を織った巨大な高機(幅3.3m奥行き6m)などが、展示されており、織物の歴史を知る上で貴重である。

ミュージアムショップなどがある。また、平日は最新の織機が稼動する現役の工場の様子も公開している。

製糸から製布までの工程が一貫して展示されているほかに、機織、染色、手染めなどの体験もできるようになっているので、ぜひ織機も体験してみることをお勧めする。

展示館の他にも、敷地内にいくつかの工場があるが、それらもぜひ見ておきたい。ただ、ここは現役の稼働中なので、平日は稼働中の機会の様子などを見学できるが、手を出すことは厳禁。木造鉄板葺きの3連のノコギリ屋根工場では、高級織物であるお召しの技術を活かして、文楽人形の衣装や歌舞伎の装束などを手掛けており、ジャガード織機での織物カレンダー作りなどもみられる。

建物は、ほとんどが大正末期に建てられた貴重なもので、工場、旧撚糸場、旧土蔵、旧整経場、旧現場事務所(経糸整経場)が国の登録文化財に指定されている。

この地域を結んでいるのはJR両毛線、国道50号線、北関東自動車道。懐かしい風景を味わいながら産業遺産を訪ねてみるのに、どれを利用しても悪くない。


織物参考館「紫」の受付。この建物も文化財に登録されている。


ノコギリ屋根の工場が連なる。


天井に動力を伝えるシャフトが走り、時代ごとの織り機が展示されている。ノコギリ屋根の大きな天窓から十分な光が差し込んでいる。


高校生たちが取材で織り機の体験。(小さく使う、拡大不可でお願いします)


稼働中の工場では、コンピュータ化されたジャガード織り機を利用してカレンダー作りが行われている。


藍染めなどの染色の体験もできる。

梶文彦 写真

梶文彦氏執筆による、コラム「ものづくり 日本の心」です。

梶氏は、長い期間にわたりものづくり企業の国内外でのコンサルティングに携わり、日本製造業を応援しています。

写真撮影:谷口弘幸


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