ものづくり 日本の心

これからの日本のものづくりを見据えるために、過去の出来事やその成り立ちに関する情報を提供するコラム。
発想を変えたい時やちょっとした仕事の合間にご覧ください。

226 田島弥平旧宅――蚕種の品質向上と育成法の研究

群馬県内を流れてきた利根川が埼玉県に流れ込むあたり、伊勢崎市で利根川の南に県境が移る。
この利根川南岸の細長いあたりに広がるのが境島村である。1822年(文政5)田島弥平はここ(旧島村)で田島弥兵衛の長男として生まれる。
このあたりでは早くから養蚕がおこなわれており、弥兵衛は養蚕で財を成したという。

このあたりでは一般に、火力をつかって蚕室の温度管理を重視する温暖育が行われていた。しかしこの方法は適温管理が難しいなどの問題があった。
その家を継いだ弥平は蚕種の育成に関心を持ち、さまざまな養蚕法を試行錯誤しながら最適な養蚕法を求めて研究した。
そして、紆余曲折の後、最終的に、湿度の管理を重視し、蚕室の換気に重点を置いた「清涼育」に辿りつき、屋根の上に通気用の櫓をつくる独特の育成法を完成させた。
この方法を、1872(明治5)年『養蚕新論』としてまとめ、実践的な養蚕の技術や桑の栽培法を紹介している。

■「清涼育」--換気を重視した越屋根構造
田島弥平旧宅は換気を重視した構造で、東南を向いた2階建瓦葺の屋根に作った櫓(越屋根)は、以後の養蚕農家住宅の原型として全国に普及している。

構造は、1階が住居、2階は屋根裏まで吹き抜けになった一部屋の蚕室で、広さは240平方メートルある。
2階には、ヨーロッパから購入した顕微鏡が据えられた部屋があり、そこで蚕の病気の研究などを行っていた。
この主屋から東に少し離れて新蚕室があった。
母屋の手前に井戸があり、井戸に面した2階の東側から新蚕室につながる渡り廊下があった。
弥平が考案した新蚕室(カイコの蚕種を育成する部屋)は、換気を重視して下図のようになっており、3階建てのように見える。

母屋と向き合うように、蚕室と桑の葉の収納と加工を行った桑場がある。
近くに見学者用の駐車場があるが、その横に、案内所と島村見本桑園がある。
見本園にはさまざまな品種の桑が植えられている。かつてはあちこちにあった桑畑も最近はほとんど見かけなくなった。
いまや、桑の木は数少ない。これも見ておきたい。


田島弥平。蚕種の輸出にも取り組み、養蚕法の研究で屋根の上の櫓構造を開発するなど、養蚕業の近代化に大きな足跡を残した。


田島弥平旧宅主屋。間口13.5間(25.4m)、梁間5間(9.4m)の大きさ。2階の蚕室は屋根裏まで吹き抜けになった一部屋である


井戸。主屋の東側(右上)に新蚕室につながる渡り廊下の一部が見える。


桑場。桑場は桑の葉の収納と加工を行った建物。屋根には2つ櫓があるが、養蚕は行われていない。2階で作業を行い、床に設けられた開口から1階に落とし、主屋や蚕室に運んだ。


左の建物種蔵。蚕種を保管した。右は桑場。


「養蚕新論」に描かれた新蚕室の図。この建物は今はない。主屋の東にあり主屋と2階でつながっていた。2階建てだが、櫓が高く3階建てのように見える。

梶文彦 写真

梶文彦氏執筆による、コラム「ものづくり 日本の心」です。

梶氏は、長い期間にわたりものづくり企業の国内外でのコンサルティングに携わり、日本製造業を応援しています。

写真撮影:谷口弘幸


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