ものづくり 日本の心

これからの日本のものづくりを見据えるために、過去の出来事やその成り立ちに関する情報を提供するコラム。
発想を変えたい時やちょっとした仕事の合間にご覧ください。

211 その後の伝習工女

■龍光寺と伝習工女の墓
 「岡製糸場の隣の龍光寺に伝習工女の墓がある」と紹介すると、「やっぱり酷使されてたくさんの女工が死んだんだ」という反応を返されることがある。これは違う。
富岡製糸場は、後の女工哀史とは全く違った、むしろフランス人の経営で、人道的な就業形態が試みられようとしていた、当時の日本では考えられない、きわめて人道的な異世界でもあったからである。
そして、それを進んで取り入れようとしていたのが、漢学者でもあった工場長・尾高惇忠だったということに着目して欲しい。

集められた工女の年齢は13歳~25歳、平均で16,7歳と若い。
作業に励んだとはいえ、家を離れて寄宿舎での集団生活、もともとは、お姫様と呼ばれていたような、恵まれた生活をしていて、たまに家事の手伝いをする程度の娘である。
しかも時間に追われながらの慣れぬ製糸作業ということもあり、病に倒れる工女もいた。
保健室もあって体調管理も行われており、体調が悪ければ休むこともできた恵まれた仕事環境にはあった。それでも、在職中に病気で倒れる女工もないわけではなかったが、近代的な衛生管理が行われていたために、過労などで亡くなるというケースはほとんどなかった。
死亡の原因で大きいのはチフスの流行で、1880年(同13年)には、病院での治療のかいもなく15人が亡くなっている。

製糸場の正門を出て北に行き、国道254号を西に曲がって数十メートル、右手に浄土宗の龍光寺がある。
山門を入ると、本堂の左手に、明治7年~33年に製糸場で亡くなった工女たちの墓がある。
墓は何か所かに分散されており、名前も明記されている。なかには工女たちがお金を出し合って埋葬したという例もあるようだ。
墓参りをした後は、表に戻って、山門もゆっくり拝見してみよう。
戦後になって再建されたものだが、彫刻や造りに手が込んでいて、一見の価値がある。
 

龍光寺山門。比較的新しく再建されたものだが、細工や造作に手が込んでおり、一見の価値がある。


龍光寺の本堂横にある工女の墓の案内板


工女の墓は、しっかり管理されている。


山門にはさまざまな細工が施されている。

■「繰婦勝兵隊」――故郷に戻り技術を伝承
 地元の期待を担って全国から富岡に派遣されてきた女工たちのその後はどうなったのだろうか。
松代藩から入場していた和田英ら16名の伝習工女のその後を見てみよう。
松代では、士族が金を出し合って、明治7年7月西条村に六工社という器械製糸工場を設立した。それを機に、工女たちを富岡から引き取った。
富岡を去るに際して、工場長尾高惇忠は、「繰婦勝兵隊」と揮ごうし、持たせている。
繰糸工女は外貨獲得に貢献し、「働きは兵に勝る」という意味であろうか。そんな時代だった。
最後までいた14名の工女は、松代から来た3人の迎えとともに北国街道をたどり、最終日は矢代宿の本陣で湯を沸かして入浴し、付添いとともに17台の人力車を連ねて松代に入った。
17台の人力車は前代未聞、松代では足りずに坂城、矢代からも集めたという。
それだけ鳴り物入りの帰郷だった。今でいえば、オリンピックの凱旋パレードか。

■松代で高く評価された富岡直伝の技
六工社も、器械繰糸機で事業化するため工場を建て、数人の男子を3,4か月富岡製糸場に送って蒸気機関などを学ばせている。
とはいえ資金量は政府とは雲泥の差である。器械繰糸機といいながら、鉄の部分を木造で製作するなど、苦心惨憺してなんとか設置した。
使う繭は官営富岡製糸場のような高級品を仕入れることができず、富岡製糸場では屑として外していたような質の低いものが多く、何とか製糸しても、富岡で作るような純白とはいかなかった。

工女たちは、それでも富岡直伝の繰糸技術を駆使して何とか糸を繰り、横浜に持ち込んだ。
等級の劣る繭を使いながら、外国商人に見せると驚くほどの高値で売れた。
他の商人が持参した純白の生糸は購入を控えても、六工舎の黒ずんだ生糸はいくらでも買うといい、しかも買値はほぼ同じ。
六工舎の器械製糸による生糸の評価の高さは、なみいる生糸商人達を驚かせた。
これで富岡直伝の繰糸技術の評価が一気に上がり、以後、六工舎の西条生糸が高い評価をうけるようになった。

富岡製糸場で学んだ伝習工女たちは、器械製糸技術を故郷に持ち帰って民間の技術として受け継いだ。
その後、富岡製糸場は民間に払い下がられるが、伝習工女たちの技術が、明治、大正時代を通じて日本の殖産興業・富国強兵を支えてきたといっていい。


六校舎があったところに立てられた案内板。


六工舎の繰糸場の様子。(「絹ひとすじの青春」より)

梶文彦 写真

梶文彦氏執筆による、コラム「ものづくり 日本の心」です。

梶氏は、長い期間にわたりものづくり企業の国内外でのコンサルティングに携わり、日本製造業を応援しています。

写真撮影:谷口弘幸


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