「ものづくり 日本の心」の記事一覧

055>観音崎灯台――外国から求められた洋式灯台の第1号

観音崎灯台は、高さ19メートルでコンクリート造りの8角形。海から40m弱の丘の上にある日本初の洋式灯台だ。日本の灯台50選に選ばれている。 観音崎灯台に行くには、車で国道16号線を下ればいいが、バスならばJR横須賀駅か、・・・

054>帆布の専門店

浦賀は、鋭く切り込んだ狭い湾の両側に家が広がる町だが、湾口近くの両側にヨットハーバーがある。ヨットと言えば、帆が不可欠だが、浦賀ドックの東浦賀の出入り口近くにおすすめめのお店がある。帆布の専門店「三浦屋」である。 浦賀ド・・・

053>209年続く渡し船――海の上の市道

浦賀駅からここに来るまでのちょうど真ん中あたりに、湾の対岸とむすぶ渡船の乗り場がある。享保5(1720)年に浦賀奉行が西浦賀に置かれると、「船番所」も作られ、浦賀湾は船改めを受ける船があふれ、町には人も集まって大いに栄え・・・

052>江戸湾への航路を照らした和式灯台・燈明堂

川間ドックから、さらに先に進むと、うらが道は久里浜に行く分岐点に出る。右に行けばトンネルを経て久里浜まで3km、この分岐点を左に進むと、約1kmほどで、江戸時代の灯台を復元した燈明堂のある燈明崎に行く。燈明崎には駐車場も・・・

051>残したい第一級の文化財遺跡

このドックは明治31年に日本で初めてつくられたレンガドックだが、設計・築造したのは、横須賀製鉄所で学んだ恒川柳作や大倉粂馬、山崎鉉次郎ら。日本人による初のレンガドックである。 ドックの形は、先頭部分が丸くなっていて浦賀ド・・・

050>川間ドック――マリーナに残る日本初のレンガドック

浦賀の街は、湾を挟んで東西が対峙している。駅からV字の右(西)の道を浦賀ドックに沿って進むと、浦賀ドックの先に、東西浦賀を結ぶ庶民の足、渡し船乗船場がある。そこからさらにかつての「うらが道」を通って先に行けば、やがて左手・・・

049>115メートルの造船台

浦賀橋梁のもう一つの目玉は、1号レンガドックに1年遅れて明治33(1900)年10月に完成した全長380尺(115メートル)のコンクリート造り造船台だ。造船台とは、斜面上のレールを海の中に引き込み、海水を遮蔽するゲートを・・・

048>115年の歴史――浦賀ドックの1号レンガドック

浦賀ドックの広い敷地の中には、長さ150メートルの造船台、148メートルの1号ドライドック、クレーン、ポンプ室、巻き上げ用のウインチ、機関工場などが残されている。 1号ドックは、明治32(1899)年に作られたもので、長・・・

047>浦賀船渠――歴史を物語るレンガづくりドック

以後、浦賀船渠㈱は、住友重機械工業と社名を変えるが、通称、浦賀ドックとして地元に根を下ろして事業を展開してきた。平成15年に工場は閉鎖してしまったが、数々の駆逐艦や帆船の海王丸、2代目日本丸、さらには石油タンカーなど、1・・・

横須賀製鉄所――造船王国・日本の源流
7.浦賀ドック――世界でも希少遺産の2つのレンガドック 046>武士と町人が喧嘩――浦賀の二つのドックで

そもそもどうして浦賀に2つのレンガドックが作られたのか、いきさつを見てみよう。 浦賀は東京湾への入口に位置する海洋輸送の要衝である。享保5(1720)年には、江戸湾に出入りする船の積み荷を改めるために浦賀に奉行をおき、船・・・

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