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ものづくり 日本の心

これからの日本のものづくりを見据えるために、過去の出来事やその成り立ちに関する情報を提供するコラム。
発想を変えたい時やちょっとした仕事の合間にご覧ください。

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観音崎砲台跡――首都防衛の拠点

観音崎灯台へ登る道の途中に、かつての砲台跡があるので、覗いてみよう。
観音崎付近一帯は、江戸時代後期、文化9(1812)年、幕府の命で会津藩が台場を築いたところである。浦賀水道を見下ろす高台からは、湾内を通過する船舶が良く見える。絶好の監視ポイントだが、実は、ここに築いた台場から、沖を行く戦艦に砲弾を発射しても、当時保有していた大砲では届かなかったという笑い話のような記録もある。
その後、明治14年になって軍が管理する要塞となり、以後、第二次大戦が終わるまで、首都防衛の拠点として猿島同様に砲台が整備されたが、そうした砲台跡が残されている。灯台周辺にある砲台跡で、立ち寄ってみたのは、北門第2砲台跡、北門第3砲台跡の2か所。砲が外され、草生えた砲台跡は、兵どもが夢の跡である。
この観音崎灯台の周辺一帯は県立公園になっていて、谷内六郎の作品がある横浜市立美術館や海と山の自然を紹介した観音崎自然博物館などがあり、子供が楽しめるアスレチック遊具などもたくさんあるので、家族連れで楽しめる。
灯台近くには、湾内を航行する船舶の安全を見守る海上保安庁の東京湾海上交通センターもある。湾内を航行する船舶に対して、レーダー、カメラなどで把握した安全情報を提供している所だ。一般には知られていないが、東京湾の入り口は、水深が浅く、流れが速く、フェリーも横切るという、航行上の規制もいろいろある難所でもあるのだ。

北門第2砲台跡の入り口。

北門第2砲台跡に上がったところ。第3海保との間に来た戦艦を攻撃し、通行を阻止する。

北門第3砲台跡で、こちらはもう少し東南方向の浦賀方面を攻撃し侵入を阻止する。

第3砲台に装備された28サンチ榴弾砲。榴弾砲砲身が短く、上向きに発射し頭上から敵艦の甲板を打ち抜くのに適した砲弾。

観音崎灯台と砲台を結ぶ切り通し道とトンネル。

梶文彦 写真

梶文彦氏執筆による、コラム「ものづくり 日本の心」です。

梶氏は、長い期間にわたりものづくり企業の国内外でのコンサルティングに携わり、日本製造業を応援しています。

写真撮影:谷口弘幸


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