ものづくり 日本の心

これからの日本のものづくりを見据えるために、過去の出来事やその成り立ちに関する情報を提供するコラム。
発想を変えたい時やちょっとした仕事の合間にご覧ください。

056>フランス製レンズで光達距離26km

最初に建設された観音崎灯台は、高さ12.12メートルの四角形のレンガ造り洋館で、標高40メートルの高台にあった(海面から52m)。フランス製3等フレネル式レンズを輸入し、光源には3重心灯器を使用し、燃料は清国製の落花生のオイル、実効光度は1,750燭光で、光達距離は17カイリ(31.5km)だった。建設工事が着工されたのが明治元(1868)年11月1日で、わが国ではこの日を「灯台記念日」としている。
太平洋を渡ってくる船舶から見ると、房総半島の突端にある野島崎灯台が最初に目に入る。そのため、野島崎灯台が3-4倍強い光量で遠くから来る船舶に東京湾の位置を知らせ、観音崎の灯台が東京湾内、浦賀水道の航路を知らせるという分担になっている。
灯台の光源は点滅することが必要で、分銅の重さでロープを引っ張り、重力を利用してレンズを回転させていた。燈台守は、夜間に光を点滅させるために、分銅を2時間おきに巻き上げねばならず、重労働であった。当初はメンテナンスもあり、管理はフランス人技術者によって行われ、その後、イギリス人に引き継がれた。
観音崎灯台は、この後、関東大震災など、いくどか地震に見舞われて被害に遭い、現在のものは関東大震災後の大正14(1925)年に再建された3代目。
観音崎公園のバス停付近は、海べりが遊歩道になっていて散歩を楽しめる。潮風に吹かれながらのんびり歩くのも悪くない。突端から走水までボードウォークが作られていて、海水浴場や横須賀美術館、走水まで海際を散歩することができる。

明治2(1869)年2月11日(旧暦1月1日)に完成した観音崎灯台は、レンガ造りの四角い洋館だった(「日仏文化交流写真集・第1集」駿河台出版社刊より)。

完成間近の観音崎灯台(1869年1月29日)。手前は灯台守の宿舎(「日仏文化交流写真集・第1集」駿河台出版社刊より)。

分銅の重さでロープを引っ張り、レンズを回転させる装置。上についているウォームギアがロープが引かれる力をレンズの回転に変えている。

観音崎灯台に使われたレンガ。64,000個で作られた。レンガはすべて横須賀製鉄所で焼いたもの。野島崎、城ケ島、品川灯台にも使われた。

県立公園観音崎公園の地図。観音崎公園HP(http://www.kanagawaparks.com/kannon/)より

観音崎付近のボードウォーク。

梶文彦 写真

梶文彦氏執筆による、コラム「ものづくり 日本の心」です。

梶氏は、長い期間にわたりものづくり企業の国内外でのコンサルティングに携わり、日本製造業を応援しています。

写真撮影:谷口弘幸


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