「日本のものづくりは、世界の財産である」(94)|第八章 ものづくりの将来性と潜在力 〜優れた芸術家は真似し、偉大な芸術家は盗む〜
「読者のみなさま、新年あけましておめでとうございます。今年も当コラムをよろしくお願いいたします。」 事務局一同
ジョブズは、アップル社を立ち上げて成功した後、1985年にアップル社を追われます。そして、傾いた同社を再興するため九六年に復帰し、POWER PC、iMACを生み、2001年にはApple Storeを開店し、さらに、03年に音楽の分野に進出して、携帯音楽プレーヤーiPod、iTunes、を開発。07年にはスマートフォンのiPhoneを市場に投入、10年にはiPadを送り出し・・・と、デジタル時代における新しいコンテンツの楽しみ方を、矢継ぎ早に提案し、どれも大ヒットとなりました。
こうした流れをみると、ジョブズがオリジナリティあふれる新しい商品を提案してきたように思えますが、ジョブズ自身は決してそう思っていなかったようです。
早稲田大学商学学術院教授の井上達彦によると、「米オハイオ州立大学教授のオーデッド・シェンカーは、著書『Copycats』において、アップルを「アセンブリー・イミテーションの達人」と評していると紹介しています。既存の技術を新しいコンビネーションで結びつけ、アッセンブリーで商品化するのが上手な企業だという意味です。
「よそで開発された技術を結びつけて、優美なソフトウエアとスタイリッシュなデザインで包み込む。他社の技術やアイデアを持ち込むことを恐れず、ちょっとひねりを加えて自社の魅力的な製品を作り出す。そういった強さを持っているのがアップルです。」(『アップルの本質は模倣の達人』「日経ビジネス」(取材構成・秋山基、2012年3月21日))。
実際に、ジョブズは、模倣することについて肯定的で、
「素晴らしいアイデアを盗むことに我々は恥を感じてこなかった」
「優れた芸術家は真似し、偉大な芸術家は盗む」
などのことばを残しています。
ただ、単に模倣するだけでなく、彼の商品には、新しい価値を発見し、独自のデザインを加えているなど、ジョブズならではのこだわりが込められているのです。
マイクロソフトも、いくつかアップルのシステムを模倣していますが、ジョブズは「マイクロソフト社がマックをコピーすることに長けていたわけではない。マックが10年もの間コピーしやすい製品だっただけだ。それはアップル社の問題だ」と語っています。
『Copycats』の著者であるシェンカーも、「イノベーションとは必ずしも何か新しいものや技術を発明すること自体を指すわけでなく、既にある技術やアイデアを組み合わせて、全く新しい技術や製品・サービスに昇華する力を指すのだと考えています。イノベーションとは、組み合わせる力であり、「連結力」であるということです」と書いています(同)。
とはいえ、そうして生み出したものが、単に形状や技術の模倣に終わらず、消費者の生活様式を変えてしまうほど、まったく新しい価値を提供する商品に仕上がっているところが、ジョブズのイノベーションの深さといえるでしょう。模倣から出発して、最後には、それまでになかったまったく新しい価値を生み出しているのです。

梶文彦氏執筆による、コラム「ものづくり 日本の心」です。
梶氏は、長い期間にわたりものづくり企業の国内外でのコンサルティングに携わり、日本製造業を応援しています。
写真撮影:谷口弘幸