「日本のものづくりは、世界の財産である」(72)|第六章 勤勉革命と能力主義の萌芽 〜文明の悪を回避する〜
江戸から明治に変わって10年ほどの頃です。後進国にこんな安全に旅ができる国があったということが、バードには驚異だったようです。
「023.攘夷から開国へ180度の転換」でご紹介した岩倉使節団の「特命全権大使米欧回覧実記」には、欧米の社会や産業の見たままが記されています。日本国内の実情と比較して、経済発展のすさまじさに目を見張りましたが、同時に、英国での貴族や富豪と庶民の間にある格差の大きさや、市中の治安の悪さに驚かされています(『ザ・タイムズ』に見る幕末維新』皆村武一、中公新書)。
ノンフィクション作家の泉三郎は、「政治の目的が利益追求と保護にあることに対する、東洋政治の理想型である道義政治に照らしての批判が書かれています。そして、西洋の民は「欲深き民」であり、「快楽追求の民」であるとし、「資性元悪なり」とし、それが国際間で帝国主義となって「弱肉強食」の世界を現出しているとも分析している。」(『岩倉使節団と久米邦武』泉三郎http://www.gakusai.org/gakusai/10/gakusaijin.html)と紹介しています。
視察で見た、圧倒的な産業の発達に驚き、早く追い付きたい、としながらも、その陰の部分ともいうべき、経済的な豊かさのみを対価とする考え方に、精神的な欠陥を感じているのです。幕末に来日した駐日大使ハリスは日本を称して、「富者も貧者もいない」貧しくとも平和に暮らす国、と書きましたが、そうした日本とは大違いと感じたのでした。
そして、岩倉具視は、マンチェスターでタイムズの記者に次のように語っています。
「われわれは世界を一巡し、訪問先の国々から西洋文化の長所はなんでも取り入れたいと思っています。われわれはそれと同時に、文明の発展に伴って各国に発生したと思われる悪の回避にも努めるつもりです」(『国際派日本人養成講座』伊勢雅臣、メール・マガジンJOG208)。
悪の回避とは、つまり、西欧文明が経済発展の裏側に抱えている「富の配分のいびつさ」と「治安の悪さ」です。米国や英国の社会を見ていると、共和制で民主主義+資本主義が行われているために、富の分配が偏って貧富の差が大きくなり、治安が悪化しています。
これを回避する解決策として明治政府がとったのが、庶民の意識を高める教育の機会均等化と、庶民に政治をゆだねる共和制ではなく立憲君主制でした。久米邦武は欧米回覧実記の中で「英米蘭などは町人国家なり」と書いています。

梶文彦氏執筆による、コラム「ものづくり 日本の心」です。
梶氏は、長い期間にわたりものづくり企業の国内外でのコンサルティングに携わり、日本製造業を応援しています。
写真撮影:谷口弘幸