「日本のものづくりは、世界の財産である」(55)|第五章 科学より技術に向かう職人たち 〜関心は名産品より“つくり方?”〜
こんな書籍が出版されるほど人気が出たということが言えるのですが、よく見ると、なぜこうした書籍があの時代に、そんなに売れたのか、実は、これが非常に不思議なのです。
書名から見ると、各地の名産品を紹介するカタログ誌のように見えますが、中身はそんななまやさしいものではありません。
たとえば、『日本山海名物図会』の第一巻は、鉱工業の産品ですが、挿絵入りで紹介されているのは、金山堀口、銅山諸色渡方、銅山鍛治、金山諸道具、金山鋪口、金山鋪口の中、鉑石くだく、銀山淘汰、山神祭、釜屋、銅山床家、鉛、真鞴(吹)、大工所作、金山淘汰、南蛮鞴(吹)、鉄山、鉄蹈鞴(てつふみたたら)、灰吹、銅山ふき金渡し方……などなど。
字は読めなくても、また意味が明確に分からなくても結構です。目で見て、おおよそどんなことが書かれているのか、読み飛ばしていただいて結構です。フリガナをいれた鞴の文字が「たたら」です。
たたらとは、ふいごのことですね。製鉄では強い火力を起こすために、ふいごを踏んで風を送りますが、この作業を、たたらを踏むと言います。たたら製鉄とは、たたら(ふいご)を使って火を興して鉄を溶かすので、たたら製鉄と言います。
この鉄蹈鞴のページ(図)では、たたら製鉄の現場でたたらを踏んでいる図が紹介されています。片側に3人ずつ計6人でたたらを踏んでいます。すべてがこの調子です。
名物図会といいながら、「名物」の紹介ではなく、それを採集している現場と、作っている現場の「名物産品の現場紹介」の本なのです。現代風に言えば、メイキング本、「ものづくりの現場拝見」です。『日本山海名物図会』というタイトルの書籍の中身が、製鉄の現場でふいごを踏んでいる作業風景とは、いったい誰がどのような関心と目的で手に取るのでしょうか? 現代で言えば、オタクの世界そのものです。
しかも驚いたことに、『日本山海名物図会』は、1754年に発行された後、1797年、1829年……と都合、3回も発行されたものが見つかっています。2刷、3刷、と重版しているのですね。当時の事情を考えれば大ベストセラーと言っていいでしょう。
解説もありません。専門書というには網羅的すぎて浅く、ここから同業の専門家がものづくりのノウハウを得ようという実務書には無理があります。ということになれば庶民が手に取って見たのでしょう。
諸国名産に関心があるだけではなく、その作り方、現場の様子に関心を持っている庶民とは、いったいどんな人たちなのでしょうか? かなり物見高く、好奇心も旺盛だったことは間違いないようです。諸国名産品の形や料理法や味への関心ならばわかりますが、作り方への興味とは、どういうわけか? しかも製鉄現場です。好奇心の方向がおかしくありませんか、と聞きたいところです。
日本という国の国民、ものづくりへのこだわりぶり、尋常ではありません。
何とも不思議な民族ではありませんか。

梶文彦氏執筆による、コラム「ものづくり 日本の心」です。
梶氏は、長い期間にわたりものづくり企業の国内外でのコンサルティングに携わり、日本製造業を応援しています。
写真撮影:谷口弘幸