「日本のものづくりは、世界の財産である」(54)|第五章 科学より技術に向かう職人たち 〜パクリ本が出る人気――諸国名産案内〜
北太平洋に南北に延びる日本列島では、地域ごとに特徴のある産品が生み出されています。各地域で作られるそうしたさまざまな産品への関心の持ち方も、わたしたちに特有なものがあります。
書店には旅や食べ歩き、名店紹介などの書籍や雑誌、ムックがところ狭しと並んでいます。百貨店の催事として行われる地方の「○○物産展」とともに、雑誌の特集も、定番の人気プログラムになっています。こうした、名産品を紹介する書籍の出版や物産展の人気は、最近の特徴・・・と思いがちですが、いまに始まったことではないようです。日本人の物見高さは、伊勢詣りと称した弥次喜多の東海道中膝栗毛でもおなじみですが、これも遺伝子に組み込まれているのかと思われるほどハンパないようなのです。
1754年に出版された、平瀬徹斉著、長谷川光信挿画の『日本山海名物図会』は、各地の名産品を挿絵で紹介するカタログ本です。第一巻「鉱山」、第二巻「農産物・加工品」、第三巻・第四巻「物産品」、第五巻「海産物」が紹介されています。
江戸幕府が定まって150年、このころには、各藩が奨励した新田開発や地場産業の育成策も成果をだしはじめていて、各藩の名産物などの販売を活性化するための物産会所が、各地に設けられるようになりました。伊勢詣りと並んでこうした物産会もまた、庶民に産業や産品への強い関心を呼び起こしたようです。
そして、こうしたものを紹介するために案内書が作られるようになります。いまでいえばカタログ誌ですが、諸国名産品の紹介など、庶民の好奇心をくすぐり、大いに流行ったそうです。その一つが『日本山海名物図会』と呼ばれる書籍です。
同じように、『日本山海名産図会』なる本も出されています。わかりましたか?
同じような名前で、スーと読むと見逃しがちですが、『日本山海名物図会』の「名物」が「名産」になっただけの完璧なパクリです。
中国で縫製業がはやり始めた80年代、工場用の高速ミシンは日本のJUKIブランドが圧倒的な品質で人気でした。そのころ、上海の見本市に行くと、JUKIと並んで、地元メーカーの、JAKI、JUJI、JIKI・・・などの名前を付けたミシンがところ狭しと並んでいました。『日本山海名産図会』は、そんな中国人もびっくりの柳の下の二匹目のドジョウを狙ってパクリ本です。

梶文彦氏執筆による、コラム「ものづくり 日本の心」です。
梶氏は、長い期間にわたりものづくり企業の国内外でのコンサルティングに携わり、日本製造業を応援しています。
写真撮影:谷口弘幸