ものづくり 日本の心

これからの日本のものづくりを見据えるために、過去の出来事やその成り立ちに関する情報を提供するコラム。
発想を変えたい時やちょっとした仕事の合間にご覧ください。

梶文彦の「ものづくり 日本の心」(29)|第二章 日の丸演説―日本のものづくりの出発点 〜「超ド級」戦艦の完成〜


殖産興業・富国強兵に取り組むにあたって最初の課題は製鉄です。軍事力の増強には、大砲や軍艦が不可欠です。しかし、製鉄の量産技術や、大型軍艦を造る技術がありません。

古来、日本の製鉄技術は、砂鉄を木炭で溶かし、たたらと呼ばれるふいごで風を送って高温にするたたら製鉄法が用いられてきました。これで作られる玉鋼は、硬さがあって曲がりにくい特徴があり、刀剣や農具、生活用具などを作るには良いのですが、柔軟性が求められる構造物には適しません。

そこで、たわんでも折れにくい均質な構造物用の鉄鋼を生産するために、西洋式の反射炉・高炉などの製鉄技術が導入されました。

同時に、長崎・横須賀に造船所を作って船舶の建造技術を獲得する一方、イギリスに戦艦を発注し、技官を送って、軍艦づくりのノウハウを学ばせます。そして技術を持ち帰った技官らが中心になって、自力で建造する道を歩みます。このときイギリスに発注されたのが、後に日露戦争(1904-05年、明治37-38年)で旗艦となった「三笠」(1902年完成)などでした。

その後、広島・呉、神戸に造船所をつくり、各地で競うように軍艦が作られていきます。こうして我が国で初めて西洋式の戦艦が作られたのが1910年(明治43年)、広島・呉の海軍工廠で「薩摩」です。全長137.2メートル、排水量19,372トン、石炭による焼玉エンジンです。

続いて、大正時代になると、巡洋艦「榛名」(26,330トン、1914年神戸・川崎造船所)、「霧島」(27,000トン、1915年長崎・三菱造船所)を建造。

1920年(大正9年)になると、世界最強35,000トン級の戦艦「長門(呉工廠)」「陸奥(横須賀海軍工廠)」を作りあげるまでになります。

この長門、陸奥は、当時世界最強と言われた英国の戦艦「ドレッドノート」(1906年竣工)を上回る航行速度や大砲などを備えた戦艦として建造され、「ドレッドノート」を超えることから、スーパー・ドレッドノート・クラス=「超ド級」ということばで呼ばれるようになりました。

最近は、甲子園で活躍する選手に「超高校級」「超ド級」などと使われたりしますが、もともと「英国の戦艦ドレッドノート」から生まれた表現でした。

黒船が来航した当時、日本の産業技術力は西洋と比較にならないレベルでした。その日本が、富国強兵をめざして50年後、自力で最初の軍艦を作ってからわずか10年後にはイギリスに追いつき、それらに匹敵する世界一のレベルの戦艦を建造する能力を持つまでに至ったのです。ノウハウを学び、応用する能力とキャッチアップの速さ、ものづくりへの適応性は見事というほかはありません。

つい50年ほど前まで、世界史からこぼれ落ちていたような東洋の小さな未開の国が、またたく間に力をつけて、列強をしのぐ軍艦を建造するようになった、その潜在力は、列強の目には、大きな脅威と映ったに違いありません。

梶文彦 写真

梶文彦氏執筆による、コラム「ものづくり 日本の心」です。

梶氏は、長い期間にわたりものづくり企業の国内外でのコンサルティングに携わり、日本製造業を応援しています。

写真撮影:谷口弘幸


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