梶文彦の「ものづくり 日本の心」(13)|第一章「勤勉」は近代産業とともにやってきた 〜きままに働く職人たち〜
次に紹介するいくつかのことばは、ある国に出かけた人間が、その国の作業者を見て発したことばです。このことばは誰が発したものか、また、なかでいう「作業者」とはどこの国の人を指すのかを当ててください。
①「作業者は、日常の糧を得るのに必要な仕事をあまり文句も言わずに果たしている。しかし彼の努力はそこで止まる。・・・必要なものはもつが、余計なものを得ようとは考えない。大きい利益のために疲れ果てるまで苦労しようと思わないし、一つの仕事を早く終えてもう一つの仕事に取りかかろうとは決してしない。」
②「作業者は、言われたことはする、でもそれ以上に仕事をしようとはしない」
③「忙しそうであるが、適度に働く」
これも厳密に国名を挙げるのは難しいとして、おおよその見当は付きそうです。
受講者の中には海外工場の勤務経験者もいますので、海外工場に勤務する日本人が、発したことばではないかという想像がつきます。
「言ったのは日本人で、作業者とは、中国人?」
という答えがだされますが、それはブーです。
「じゃ、タイ人作業者ですか?」
「ベトナム人?」
「インド人?」
続いて、インドネシア、ラオス、バングラデシュ、ミャンマー・・・と出されますが、どれも答えは「ブー」。
相手先はともかくとして、言ったのは日本人……という点で、疑問の余地がないほど一致しています。問題は、どこの国かだ、ということで迷っているようです。自明の理に思える答えが違うと言われて、皆さんは迷い始めます。
確かに、これらのことばは、海外に派遣されている日本人担当者から、現地の作業者についてよく聞かされることばです。そのニュアンスは、嘆くというよりも、「もっと仕事をすれば会社の業績もよくなり、収入も増えて、暮らしも楽になるし、仕事も覚えられて力がつくのにどうしてしないのだろう」という、自分たちの思いが伝わらないもどかしさを訴えているように受け取れます。
最近は、こうした現地の人たちの仕事ぶりを理解して、教育の仕組みをうまく作り、彼らにモチベーションを持たせて高い生産性を実現している日系の工場もいくつか出てきています。
とはいえ、働くことに金銭の対価以上の意味を見つけて、仕事に積極的に取り組む人たちは、全体から見れば、まだ一握りといっていいでしょう。
確かに、日本人が海外で嘆くことも多いことばですが、でも、引用したことばは、日本人のものではなく、言われた作業者も、それらの国の人たちではありません。いずれも、「ブー」なのです。

梶文彦氏執筆による、コラム「ものづくり 日本の心」です。
梶氏は、長い期間にわたりものづくり企業の国内外でのコンサルティングに携わり、日本製造業を応援しています。
写真撮影:谷口弘幸