梶文彦の「ものづくり 日本の心」(8)|
第一章「勤勉」は近代産業とともにやってきた 〜変わる「ものづくりの国」〜
正解は「アメリカ」です。
この問題を私が好んで使っていたのは、どんなに答えを要求しても、アメリカという正解はほぼ出てこないという秀逸さにあります。この設問には、ストーリー展開の極意、あっと驚くどんでん返しの妙があるのです。
後から受講生に聞くと、セミナーの内容よりも、この質問の方が圧倒的に記憶に残っていて、「あのセミナーでは、あのはなし面白かったです!」と嬉しそうに語り、講師をがっかりさせてくれます。中には、「あの話、ウチでもしてください」と講演依頼を受けることもあるのですが、「その後の私のセミナー内容は、記憶にないのかい?」とつっこみどころを間違えていることに気づいてくれないのが残念です。
その意味では、前座で出て客席を大いに盛り上がらせ、後から出てくるメインイベンターの試合をかすませてしまった若いころのマイク・タイソンのように、この質問は、知らぬ間アイスブレークからセミナーのメインイベンターに収まってしまいました。この質問の後でするセミナーそのものは、十分に母屋の中身と重さを備えている、と私は思っているのですが、負け惜しみに過ぎないかもしれません。
この質問は、私にとっては講話のイントロ部分の、次への食欲を誘う食前酒の役割を果たしてくれる鉄板ネタになっています。
さて、答えはアメリカと伝えると、みなさん一様に、「ええ? 勤勉だとか、発明者はいないとか、ヨーロッパの発明がこの国で実用化されるとか、設備や道具を考案するとか、職業が喜びを構成し勤労が楽しみをもたらしている人たちとか……、アメリカという答えは、おかしいんじゃない? どういうこと?」と、狐につままれたような表情になります。無理もありません、だから正解が出なかったわけですから。
質問の答えに、正解が出ないのは、言い換えれば、それほど、製造業の社員に、「ものづくり」「生まれついての職人」ということばと、現在の「アメリカ」が結びつかないということです。このところ、国内の失業対策に、海外に出た製造業をアメリカに戻したい、と表明しているオバマ大統領がセミナーに参加していたら、果たして正解を答えられただろうか。「答えはアメリカ」に彼は「アンビリーバボー!」と言う方にノリます。
アメリカの大統領選で、選挙人の選出段階では、トランプ大統領支持者が306票を獲得して次期大統領ということになりそうですが(正式な大統領選は2017年1月)、票を分けたのは、かつて工業地帯だったラストベルト地区の労働者たちが、工場・雇用を取り戻せとトランプに票を入れたことが決定的だったといわれています。トランプ大統領は、アメリカの工場を取り戻すことができるのでしょうか? 成り行きが注目されます。

梶文彦氏執筆による、コラム「ものづくり 日本の心」です。
梶氏は、長い期間にわたりものづくり企業の国内外でのコンサルティングに携わり、日本製造業を応援しています。
写真撮影:谷口弘幸