梶文彦の「ものづくり 日本の心」(6)|
第一章「勤勉」は近代産業とともにやってきた 〜この国はどこの国?〜
わたしは製造業のコンサルティングと、マネジメント・技術領域を中心とした出版編集を行う事務所を運営しています。
そのため、ものづくりに携わるビジネスマンの方々を対象にした、講演やセミナーの講師をさせていただく機会も少なくありません。テーマが「ものづくり」に関するものである場合、アイスブレークを兼ねて、最初に皆さんに問題を出して、考えていただくということをよくやります。私自身が気に入って、かなり長い間使っていた問題の一つに、以下のようなものがあります。皆さんにもお考えいただきましょう。
最初は、「この国はどこの国?」です。
セミナーや講演会では、以下の四つのテキストを一枚のパワーポイントに表示し、これを読んでいただいて、ここに書かれている「この国」はいったいどこの国を指すのか、参加者の皆さんに答えを考えていただきます。
①「この国ではヨーロッパの発明は巧みに実用化される。そして、ヨーロッパの発明はそこで完成された後、驚嘆されるほどに国の必要に応用される。そこでは人々は勤勉であるが、発明者たちはほとんどいない」。
②「この国の人は生まれついての職人である。機械や道具を一つも考案したことのない働き手は存在しない」。
③「職業が喜びを構成し、勤労が楽しみをもたらしている点で、この国の住民に勝る人々はおそらく世界にいない」。
④「この国の職人は自分の仕事を習ったと同じようにはやらない。常に改良を施す。仕事を達成するためと価格を下げるための両面で、いつも何か新しい工夫を凝らしている」。
以上の4つの問いはすべて同じ国を指しています。さて、「この国」とはどこの国でしょうか?
参加者のなかから指名をして、パワーポイントに書かれた内容を読んでいただいた後、「この国とは、どこの国でしょうか?」と質問をすると、皆さんはしばらく黙ります。
しばらくしーんとして声もないので、「いかがですか? お分かりの方は手をあげてください」と催促しても、なかなか手があがりません。
受講者は、基本的に製造業で企画・開発、生産管理、生産技術、製造などを担当する中堅から部課長・役員クラスの方々です。見ているとよく分かるのですが、手が上がらないのは、分からなくて答えられないのではありません。どう対応したらよいのか、戸惑っているのです。

梶文彦氏執筆による、コラム「ものづくり 日本の心」です。
梶氏は、長い期間にわたりものづくり企業の国内外でのコンサルティングに携わり、日本製造業を応援しています。
写真撮影:谷口弘幸