ものづくり 日本の心

これからの日本のものづくりを見据えるために、過去の出来事やその成り立ちに関する情報を提供するコラム。
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梶文彦の「ものづくり 日本の心」(37)|第三章 豊かに広がるものづくりの世界 〜算術に見る日本的合理性〜

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こうした日本的な思考を説明するときに私がよく使う一つの例として、江戸時代の野沢定長という数学者の、円周率に関する話があります(『日本史再発見』朝日新書)。

江戸時代、日本の数学レベルはかなり進んでいました。

古くから、円周率=πパイ(直径に対する円周の長さの比)は、数学に興味を持つ学者たちの一大関心事でした。日本においても例外ではなく、すでに江戸時代の初期には円周率の値として三・一*までは把握されていたようです(円周率=三・一四一五九二・・)。

そんな数学者の一人に、野沢定長という人がいました。一六〇〇年代中ころのことです。

野沢定長も円周率の研究に携わり、紆余曲折を経て、一七六七年には、計算によって、三・一四と小数点下二ケタまで算出します。
円周率の値をどのようにして求めたかと言えば、円周は、円に外接する正多角形の辺の和より小さく、円に内接する正多角形の辺の和より大きい、ということから算出します。

内接・外接する多角形を、正方形からはじめて、正八角形、正十六角形・・・とだんだん多角形にしていって、外接する正多角形と内接する正多角形の間をどんどん狭めていきます。一六五〇年ころを境にそろばんが普及しはじめましたので、計算はそろばんと手計算です(図)。

当時の数学者たちの間で、用いられていた方法に「遺題継承」というやり方があります。

これは、数学者が著書を出版する際に、巻末に問題を提起する。次の著者はこれに回答を提示し、その上でさらに自分から問題を提起するというやり方で、どんどん問題を継承していくというものです。

これを遺題継承と呼びました。こうしたテーマに円周率も扱われ、板倉によれば、円周率の数値はすでにかなりの桁まで把握されていたようです。

さて、三・一六を経て、三・一四までたどり着いた野沢定長でしたが、しかし彼は、たどりついた三・一四を捨てて、ある時からあえて三・一六二を円周率の値として主張したといいます。計算によって算出した三・一四という値が、論理的に正しいことを自覚しながら、数学的に正しいだけでは満足しなかったと言うのです。

梶文彦 写真

梶文彦氏執筆による、コラム「ものづくり 日本の心」です。
梶氏は、長い期間にわたりものづくり企業の国内外でのコンサルティングに携わり、日本製造業を応援しています。
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